誰かの日常

どっかの誰かが考えていること。どっかの誰かが悩んでいること。どっかの誰かが生きていること。脳内で生成させる誰かの日常を切り出した永遠の中二病ブログ

人生が退屈になったら読んでほしい

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どうも。

またまたお久しぶりです。

 

今回も日常系です。

 

最近ですね、ブログを書くという概念がなくなりつつあります。

なぜでしょう。

時間がないってみんなよく言ってるんですよね。

ただ、時間はある。

 

今使ってるスマホiPhoneには

どの機能、アプリを何分ぐらいみているか

分かる機能がありますが、それで換算してみると

1日あたり3時間から4時間無駄な時間を過ごしています。

 

YouTubeを見たり漫画を見たり。

それ以外は恋人への連絡ですね。

 

その時間でブログを書けばいいんですよ。

書きたいことは山ほどあります。

心情を綴る場面は各所に散りばめられている。

人生は素晴らしい。

不幸と幸福の連続。それをより強く感じさせる助走として

『普通』という日々がある。

 

まぁ、雑談はこの辺にして、本編です。

 

先日、久しぶりに同僚と昼食を食べました。

喜作で話しやすくいろんな局面で頭は回るが

パチンカスのいい奴です。(褒めてるよ)

僕はずっとそいつの事を24か、26だと思ってました。

会話の中で「Aっていま何歳だっけ」と聞いたところ

「何歳だと思いますか?」って言われたんですよね

「24でしょ?」って言ったらAは笑って

「全然違いますよ」って笑ったんだよ。

結局Aは29歳で、それを聞いた俺は驚きすぎて飯が喉を通らなくなったんだ。

(1時的に)

Aとは3年ほどの付き合いになるが、まさかそんな歳だったとは思わなかった。

見た目も若いし、話しやすい。どこから24、26歳っていうのが出てきたのは分からないけど

まじでびっくりした。

 

そんなAの口から、ちょこちょこ出てきたのが

「人生」っていうワード。

Aは何かを悩んでいるようには見えないが、表に出してないんだろうなとは誰が話しててもわかる。

ただ、今回のAは本気で悩んでいるように見えた。

「人生に答えってあるんでしょうか」

俺以外でこんな事を人に質問できる人たんだってちょっと親近感湧いたよ。

 

どうなんだろうね。

何が正解なんだろう。

正直俺も探してるよ。

全て叶った今でも最適解を探してる。

 

ただ、大事なのは

「すべての日常をいかに平等に愛せるか」

だと思うんだよ。

 

20代半ばになって気づいたんだ。

人生にはある一定の法則があるって。

 

10代は死ぬほど自由。

20代は社会に縛られる。

30代で自由になるか結婚する。

40代で安定する。

50代でさらに安定する。

60代で仕事が終わって

70代で孫が大きくなるか死ぬ。

80代は生きてればすごい。

 

この8パターン。

少ないよね。

 

きっとみんなさ、自分だけが不自由だって思うんだよ。

俺はこんなに頑張ってるのに報われない。

テレビの向こうのあいつらは幸せそうだ。

俺もあれだけ自由に生きられたらな。とか。

 

あいつの生き方が気に食わない。

私ならもっとうまくやれるのに

なんであいつだけがうまくいくんだ。とか。

 

けどね、きっと十人十色なんだよ。

不満のない人生を送っている人は少ない。

何らかの悩みはあるさ。

 

ならどうする?

 

理想を追い求める時間も、金も、才能もないなら

自分の限界点で普通に生きる日常を愛してやるしかねぇんだよ。

恋人がいるならそいつの為に生きてみるかとかさ

子供がいるならそいつをこれから先10年不自由なく暮らせるように

してやるんだとか。

そんな日々を送ってても、継続は慣れを生み、慣れは退屈に変わるんだ。

その退屈を何かのせいにするまでもなくぶっ壊せるか。

 

そこにかかってんだよ。

 

だから、変わりたいなら行動する。

諦めるなら日常を愛してやる。

 

そうして生きていけばいい。

どうせこんなこと言わなくたってみんな心のどこかで分かってる。

あとは動くだけだ。

少しでもこの文が力になればいいなと思うよ。

 

それでは。